支援で大切にしていること


こんにちは。

スタッフの武脇です。


今回はこの場をお借りして、私が普段まちラボで子どもと関わるときに考えていること、気を付けていることを2つ、書いてみたいと思います。


「支援哲学」

という言葉を、理事長の永田さんは使われます。

自分が支援をする際に根底となる考え方?というんでしょうか。

考え方、というよりもっと漠然としたもののような気がします。

この支援哲学が土台となって、支援に対する考え方の軸を形成するのかなぁと思っています。

私なんかはまだぺーぺーなので、そんなちゃんとした土台は持ってないです。

ふーわふーわしてて、不安定です・・・。

まだそんな状態なんでしょうけど、今、私が支援において大切にしていることを書いておけたらいいなと思います。


まず一つ目が、自分の一挙一動、すべてが子どもの目に映って、影響をもたらすものなんだと意識しておくことです。

まちラボのゆうがおサポートでは、「学校に行けない自分は悪い子ども」と思っている不登校の子どもたちに「そんなことないよ、ありのままのあなたで大丈夫なんだよ」と伝えに行っています。

ただ、直接言うだけでは伝わらない…というか、子どもは言葉よりも普段の態度や様子から、その人がどんな人であるのかを感じ取るんだと思います。

「あなたは全然悪くないんだよ、考えすぎなくていいんだよ」という想いを真に伝えるためには、本当に、細部まで注意を払うことが必要なんだろうなと思います。

話す内容や話し方はもちろんですが、姿勢、歩き方、部屋での過ごし方…服装やメイクといった、外見など…

そしてその注意を、ご家庭に訪問した瞬間から、家を出るまでずっと続けること…

それが、信頼関係を築くうえでも、新しい価値観という風を家庭に吹かせるうえでも、重要になってくるんだと思っています。

自然とできたらいいんでしょうが、残念ながら私は自然にできないので、毎回気を付けるようにしています。

難しくてまだまだですが、常に忘れずにいたいと思っています。


そして私が支援において大切にしたいことの2つ目が、支援者と被支援者の関係性はあくまで人と人との関係性なのだという考え方です。

ここでいう支援者とは、臨床心理士さんや社会福祉士さんという専門的な支援者のことではなく、大学生という立場の私たちに限定しています。

私は、本来の人間の在り方として、「家族」「親戚」「ご近所さん」などといった自分の周囲の人たちが、明確な境目を持たずグラデーション状に繋がりを持って、お互いに支え合っていることが理想形なのかなと感じています。

子どもと関わるときは、「支援している私」と「支援を受けている子ども」ではなく、子どもも意思のある一人の人間として尊重し、支え合って自然に時間を過ごせるような関係性でいたいと思います。

書いてみると意外とうまく言葉でまとめられません(笑)

私の支援の考え方は、理事の永田さんから多大な影響を受けています。まだ、自分の言葉で語れるほど自分の考え方として取り込めてないみたいです💦

ただ、子どものことを「子ども」ではなく「その人」として見たいなとは強く思っています。

自分のことを振り返っても、子どもと言われているときから自分なりにいろいろな事を考えていたように思います。

「支援されるべき子どもだから」というバイアスのある目でその子を見るのではなく、目の前の子ども一人一人の性格や考え、意思を尊重したいです。


先述した通り、私の支援の考え方は永田さんから大きな影響を受けています。

でも、支援に対する考え方は人それぞれ、数多く存在します。

色々な考え方があるのはいいことだと思うし、その分いろんな子どもたちに対応できるんだろうなと思います。

これから先、いろんな支援のやり方や考え方に触れ、自分なりの支援哲学を形成していきたいなと思います☺

About the author: takewaki